瀬戸内海の穏やかな波に囲まれた淡路島は、都会の喧騒から離れ、静かに時が流れる場所だ。神戸から明石海峡大橋を渡ると、眼前には広大な自然と、どこか洗練された観光地が待ち受けている。

到着したのは「淡路夢舞台」。建築家・安藤忠雄の手によるその空間は、自然と建築の融合を目指したものだと聞く。コンクリートと階段状に広がる花壇が織りなす景色には、一見すると無機質な冷たさがある。しかし、歩を進めるうちに、その計算された幾何学的な美しさが、周囲の緑と調和していることに気づく。観光客の多くは、斜面に整然と並んだ花壇に足を止め、カメラを向けていた。
この場所が「建築と自然の理想的なバランス」として高く評価される一方で、「やや人工的に過ぎる」という声もある。しかし、その場に立つと分かる。ここには理屈を超えた心地よさがあった。無駄をそぎ落としながらも、人の手が作り上げた景色の中にある静けさが、確かに心を満たすのだ。
夢舞台を後にして、島内の小さな食堂へと向かった。その日のお目当ては、淡路島名物の「生しらす丼」だった。店内はシンプルな造りで、地元の方々がゆったりと昼食を楽しんでいる。

運ばれてきた丼には、生しらすが米の上にこんもりと盛られ、その中央には黄身が艶やかに輝いている。海苔の香りとネギの緑が全体を彩り、ほんのりと醤油の香りが漂う。
ひと口食べると、その新鮮さに驚いた。しらすの柔らかな塩気と卵の濃厚さ、そして海苔の風味が一体となり、口の中に海の記憶を蘇らせる。これは淡路島でしか味わえないものだろう。旅先での食事は、ときに観光地特有のの味気ないものに出くわすこともあるが、この丼には裏切られなかった。
車旅の醍醐味は、その自由さにある。淡路島を走ると、道の両側には玉ねぎ畑や温暖な気候に育まれた緑が広がる。途中で気になる道があれば、ハンドルを切って寄り道をする。それが旅というものの醍醐味だ。ふと立ち寄った海岸では、潮風に吹かれながら時間を忘れ、空と海の境界線をただ眺めた。
淡路島は観光地として洗練されている部分と、手つかずの自然が残る部分が絶妙なバランスを保っている。そのため、都会の人間にとっては格好の逃避行の地となるのだ。
夢舞台での静けさ、生しらす丼の忘れがたい味、そして自由気ままな車旅。この淡路島の一日は、何の変哲もない日常を少しだけ遠くに押しやってくれるものだった。
旅はいつも特別な何かを期待させる。しかし、その期待が実現することは稀だ。それでも、こうして書き留めている今、淡路島で感じた風の記憶が、わずかな時間でも僕をその場に連れ戻してくれる気がする。
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