ホテルの送迎バスに乗り込んだのは、松山駅からほど近い場所だった。温泉街へと向かう車内には、これからの滞在を楽しみにしているらしい観光客が数人。私もそのひとりだったが、特に目的があるわけではない。たまには、流れに身を任せるのも悪くないと思ったのだ。
バスはしばらく市街地を走り、やがて山の方へと向かい始めた。道がカーブを描くたびに、車窓の景色が変わる。松山市の外れ、緩やかに連なる山々が見えてくると、視界が少しずつ広がり、どこか異世界に入り込んだような感覚があった。
そんなときだった。ふと、窓の外に広がる湖面が目に飛び込んできた。
それが石手川ダムの貯水湖だと気づいたのは、あとになってからだ。そのときの私は、ただただ目の前の風景に心を奪われていた。
湖面は静かだった。風もほとんどなく、鏡のように澄んでいる。その表面に、空が映っていた。雲がゆっくりと流れていく様子が、水の中にもう一つの空間を作り出しているようだった。湖の向こうには、緑に覆われた山々が広がっている。春の訪れを感じさせる淡い色彩が、遠くの稜線まで続いていた。

バスの窓ガラス越しにシャッターを切る。だが、ファインダーの枠の中には収まりきらないものがあった。写真に写るのは、たしかに私が目にした光景なのだが、それだけではない。あのとき感じた胸のざわめきや、風景の奥にある何かが、どうしても写らないのだ。
もしかすると、それは「旅の時間」そのものだったのかもしれない。
移動すること。風景が変わっていくこと。今、自分がどこにいるのか、正確にはわからないという感覚。旅の醍醐味とは、そうした曖昧さの中にあるのではないか。
私が乗るバスは、湖を横切る道を越え、さらに先へと進んでいく。石手川ダムは、あっという間に後方へと遠ざかっていった。
だが、その風景は、しばらくのあいだ心の中に残り続けた。
旅の途中で出会うものは、必ずしも特別な観光地とは限らない。むしろ、何の前触れもなく現れる光景のほうが、強く印象に残ることがある。
送迎バスに揺られながら、私はそんなことを考えていた。
宿に着いたら、まずは温泉に浸かろう。そう思いながらも、窓の向こうに広がる山並みを、私はもう一度じっと見つめていた。
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