湖畔の木々の影

遊休知美

目が覚めると、木の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。壁も天井も、すべてが温かみのある木材で覆われた空間だ。カーテンを開けると目の前には琵琶湖が広がり、窓越しに覗くその景色は、ほかに何もいらないと思わせるほどに静かで穏やかだった。部屋の灯りが柔らかく、木の壁に反射している。こうしてぼんやりと目覚めたての五感を働かせているだけで、旅の目的はすでに果たされたような気分になる。

そのまま窓際に腰掛ける。外には琵琶湖が、鏡のように空の色を映しながら広がっている。奥には穏やかな山の稜線がうっすらと光を浴び、その間に登りかけた太陽が顔を出している。あの島の向こうには何があるのだろうか。琵琶湖は大きな湖だと知っていたが、目の前にして初めて、その広大さが実感として胸に落ちた。

湖畔を散歩する朝方。少し肌寒い風が、木々の間を抜けて湖面に波紋を描いている。ここ、滋賀県マキノ町は、かつて自然豊かなリゾート地として賑わいを見せた土地だ。しかしながら湖西線の小さな駅で降り立ったとき、何処かの時点で現世から抜け出すことを自ら選んだような、不思議と穏やかな静けさが迎えてくれた。この静けさが旅人を癒す力なのだろう。

私は湖畔の小道を歩き始めた。松の木が立ち並び、その間から差し込む朝陽が道をオレンジ色に染めている。木の影がさらさらと揺れ、足元に絡みついてくるようだ。遠くで鳥の群れが湖面を滑っている。彼等も私と同じようにどこかへ向かっているのだろうか。それともただ、ここでの穏やかなひとときを楽しんでいるのだろうか。

小道を進むと、静かな松林を抜けて、砂浜に出た。遠くには、湖岸沿いにぽつぽつと点在する家々の明かりが見える。ただ波の音だけが耳に届く。砂浜に腰を下ろし、靴を脱いで足を伸ばすと、砂の冷たさがじんわりと伝わってくる。時折、湖から吹き上げる風が頬を撫でていく。

太陽が煌々と湖の上に浮かぶのを見ていると、時間が止まったように感じられた。目の前にはただ、湖と空と山、そして松の木々。すべてが穏やかで、何の音もないわけではないが、その音さえも自然のリズムに溶け込んでいる。ああ、ここでは時計などいらない。時が過ぎているのか、それとも止まっているのかさえもどうでもよくなってしまうのだ。

マキノの名は、古くから知られるこの地域の歴史を映している。木地師と呼ばれる職人たちがこの地を訪れ、琵琶湖の周辺で生活を築いた。彼らは木工の技術を代々受け継ぎ、それが近江の伝統工芸の一部となったという。湖の水が命を育むように、人の手もまた、木という素材に命を吹き込んできたのだ。

空にはまだ夜の静寂が残り、湖面にはその名残が映り込んでいるが、松林の間に忍び寄る光が強くなってきた。ポケットの中に手を突っ込み、朝の冷たい空気から身を守る。もうそろそろ戻る時間だろう。

部屋に戻り、窓辺のソファに腰を下ろした。ライトをつけると、木の壁がまた柔らかな色彩を取り戻した。窓の向こうには眩く光る湖が広がり、温かい一日の始まりを感じる。湖畔の散歩は終わり、私は再び自分だけの小さな空間に戻ってきた。

この土地には、不思議な魅力がある。それは観光地としての派手さや便利さとは無縁の、静かな力だ。この静けさに包まれていると、すべてのものがシンプルに見えてくる。都会での喧騒や、頭の中を駆け巡る考え事も、この湖畔に立つと、一瞬でどこかへ消えてしまう。

旅とは、ただ目的地へたどり着くことではない。旅の最中にふと立ち止まり、周囲のすべてを受け入れる瞬間こそが、本当の旅なのだ。琵琶湖の湖畔で過ごしたこのひとときが、そのことを私に教えてくれた。

次に訪れた際は、夕方またここを歩こうと思う。暮れゆく光の中で見る湖はどんな表情を見せてくれるのだろうか。来るべきその時を楽しみにしながら、私はゆっくりと身支度をはじめた。

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